2018年11月22日

ロック・バンドQueen(クイーン)と少女マンガ系同人誌漫研QUEENについて

img002.jpgQueen(クイーン)のボーカル、フレディ・マーキュリーの自伝的映画公開にともなって、Queenの話題が盛り上がってます。その流れで、日本でのロック受容に少女マンガが与えた影響についても話題になっています。それで、以前聞いた少女マンガ系同人誌漫研QUEENのことを記しておきます。

1975年に結成された同人サークル漫研QUEENは、Queen初来日時のプロモーションを手伝ったことがあるとのことです。これは、マンガ作品に登場させるというのではなく、もっと直接的にお手伝いしたという話です。

ナベプロさんがQueen来日のプロモーションを請け負ったのですが、いきなりの武道館ライブにしてしまい。まだそこまで知名度がないのにどうしよう。そうだプロモーションスライドを作ろう。少女マンガ家に描いてもらおう。ということで漫研QUEENに依頼が来たとのこと。

内容は、写真資料すらなかったので、彼女たちが考えた「想像上のQueen」。4-50枚のイラストを描いて、それでスライドショーが作られ、そのスライドショーをもって、後の来日時にQueenが巡業した都市(東京、大阪、名古屋、福岡)などを全国行脚なさったそうです。原稿料は出せないけど、最前席を用意してくれるとのことで、来日ライブの2、3回目までは同様に招待してくださったとのことでした。

当時、なんとフレディ・マーキュリーが漫研QUEEN用に描いてくれた、かなり気合の入ったロゴをもらって初期のオフセット印刷の同人誌などにそのロゴが載っているとのことでもありました。

これは、2010年に米沢嘉博記念図書館で行われた、『漫研QUEEN』のころ(講師:芳村紫苑さん=芳村梨絵・ぼらん、中村咲紀さん=卓丸・高森いづる)http://www.meiji.ac.jp/manga/yonezawa_lib/archives/t_event6.html
というイベントでお聞きしました。

漫研QUEENは1975年に結成され、最盛期は500人中30人くらいがマンガ家デビューし、アシスタントとして活躍する人も多くいた伝説の同人誌。メンバーは概ね女性でしたが男性も少しいたとのこと。やたら有名なマンガ家さんがゲスト出演しているのは、マンガ家同士の関係やアシ先の先生に依頼していたから。

漫研QUEENの基礎知識に関しては、この『QUEEN オフセットストーリィ特集号1号』(漫研QUEEN/1975年)のオークション画面に詳しいです。 https://ekizo.mandarake.co.jp/auction/item/itemInfoJa.html?index=302762
【コメント】漫研QUEEN
1975年2月。名古屋を中心に活動していた漫研JUM(紫まこ)と漫研ELM(芳村紫苑 )が合併し「漫研QUEEN」が誕生。
コミックマーケット第1回から参加しており、主なるメンバーが木原としえさんなどのアシスタントやデビュー前の新人など硬派なイメージでプロ志向の強いサークルであった。
それ故に漫研QUEENに携わった執筆者は少女漫画家を多く輩出した。
目立ったところだけでも槇村さとる、くらもちふさこ、あさぎり夕、石本華子、伊藤愛子、星合操、明智抄、亜月裕、竹田やよいなどQueenから30人ほどがデビューと脅威的な数字。
代表者 芳村紫苑(木原敏江のアシスタント)、紫まこ。
会計・志尾五月(ジャム・セカンド会長)
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《まんが家バイオグラフィー》
上原きみこ、木原としえ、萩尾望都などのインタビュー。
萩尾望都のFC同人誌何冊かによく複写されていました。
漫研QUEENスタッフのコネで直接もらいうけたフレディ マーキュリー書下ろしのレタリング。
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 漫画:志尾五月/松本公一/竜樹諒/岡田圭/
    好美あくと/紫まこ/そうび稟子
カット:芳村紫苑/あさぎり夕…ほか

サークル名と誌名がQUEENだったのは、結成当時、というか結成より前にサークルの代表がもうすでにロックバンドQueenにはまっていたから。ちなみに代表者の芳村さんは木原敏江さんのアシスタントをなさっていた方です。

元『ミュージック・ライフ』編集長の東郷かおる子さんのインタビューをよむと、いかに少女ファンがクイーンの日本受容に貢献したかがわかります。
https://mora.jp/topics/interview/tougou-kaoruko/

この記事を読むと、初来日ですでに1000人からのファンが空港で待っていて、あきらかに他国のファンにくらべて日本でのQueen人気はすごかったようですね。それに漫研QUEENのスライドショーがどのくらい貢献したのかはわかりませんが、『ミュージック・ライフ』にQueenのことを熱心に問い合わせた少女ファンの中には、漫研QUEENの前身時代のメンバーもいたのではないかと推測できます。

Queenの話から広がりますが、私は、1970年代後半にロックが好きな少女マンガ家さんによって描かれるマンガがとっても好きで。「新しいものだ!」と思って読んでいた幼い読者でした。

当時特に好きだったのは、みかみなちさんの『上を下へのロックンロール』(白泉社/1977年)、佐藤志保里さんの『ロック野郎に気をつけて』(集英社/1978年)などの一連の作品。そして中でも一等好きだった一冊は小野弥夢さんの『ショパンに捧げるロックンロール』(講談社/1978年/*)。ロックとクラッシックのコラボなどが描かれていて、画面もホントによくて。その後、志摩あつこさんの「8ビートギャグ」というマンガが好きになりました。

ちなみに私は、高校卒業まで月1000円だったおこづかいを全部マンガにつぎ込んでいたので、ロックはひたすらラジオのエアチェックとか、レンタルレコード屋さんから借りてきてダビングしたり、ロック好きの友だちにカセットテープに吹き込んでもらって聴いていたくちです。

なので、有名曲以外は曲とそのタイトルが全然結びつかなかったりしますし、深いことは何も語れないけれども、中でもQueenはとっても好きです。

こちらに『漫研QUEEN』のころのメモを挙げてくださっている方がいます。

http://p52.blog123.fc2.com/blog-entry-84.html

このイベントは「コミックマーケットの源流」展の関連イベントとして開催しました。当時館スタッフだったサトーさんが、イベントのうち一つは女性系サークルの話にしたいと提案してくださったことで開催の運びとなりました。

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付記

※この文章は、2018年11月17日に流した一連のツイートに補足を入れまとめたものです。

※図版は当時購入した単行本。通し番号をマジックで入れちゃってるし、『ロック野郎に気を付けて』は後に貼ったブッカー(糊付きのビニールカバー。貼るのに多少コツがいります)が上手くいかずういちゃってますね。あーあ。

※『上を下へのロックンロール』のみかみなちさんは、後に「ドラゴンボール」の鳥山明さんとご結婚なさったとのことでした。2冊目の単行本を待っていたみとしては、すごいと思うよりは少しさびしかった(笑)。川崎市市民ミュージアムで行われた鳥山明の世界展(1993年)の際、当時スタッフをしていて、鳥山明さんとほんの少しだけお話する機会があったので、この単行本を持って行って「みかみなちさんとご結婚なさったと言うのは本当ですか。お元気ですか?」ってお聞きしたら。「そうです。とっても元気ですよ。」と答えてくださって、ああ、きっと趣味のことをなさったりして元気でいらっしゃるんだな、と嬉しかった。今思うと「もっと聞くことあるでしょー!」と思いますが。

※『ショパンに捧げるロックンロール』の単行本は、小野弥夢さんの単行本の集まりの中に見当たらなかったです。また見つかったら追加します。よく見返すが故の迷子かと。表題作もですが、小野さんのデビュー作「ロックンロールペテン師」と、ロックとはまったく関係ないですが「裸足のサンドリヨン」というお話が好きです。

※魔夜峰央先生の「パタリロ!」の中にQueenのフラッシュ・ゴードンのテーマを表現したコマがあったことを指摘している方がいらしたのですが、花とゆめコミックス11巻所収の「ゲルマン城の虜」にあります。ちなみに「スターダスト」に登場する美少年軍団はKISS(キッス)からではないかと。
posted by ヤマダトモコ at 09:49| Comment(0) | TrackBack(0) | メモ